【コトラーの最新提言】
“マーケティング界の神様”と呼ばれるフィリップ・コトラー氏の最新刊『コトラーのマーケティング5.0デジタル・テクノロジー時代の革新戦略』が4月20日に発売になった。
マーケティング3.0、4.0に続くシリーズ第3弾となる本書で、コトラー氏は何を語っているのか。本書の監訳を務める早稲田大学商学学術院の恩藏直人教授に読みどころについて聞いた。
『コトラーのマーケティング5.0』のテーマとは
『コトラーのマーケティング5.0 デジタル・テクノロジー時代の革新戦略』(原題『Marketing 5.0』)は、Marketing X.0シリーズの第3弾です。このシリーズは「マーケティングの進化を問う」、言い換えると最新のマーケティングを定義づけし、世の中に発信するという役割を果たしてきました。
コトラーは1950年代から60年代にかけて発達した製品中心のマーケティング論を第1世代の「マーケティング1.0」と位置付けています。その後、マーケティング1.0は2度のオイルショックを経て、1980年代には顧客中心の「マーケティング2.0」へと進化しました。
そして2010年に発表された『Marketing 3.0』(邦訳『コトラーのマーケティング3.0 ソーシャル・メディア時代の新法則』、2010年刊)でコトラーは、企業に、顧客を全人的な存在としてみなし、同時に倫理性と社会的責任を果たすことが求められると訴えました。人間中心のマーケティング論「マーケティング3.0」です。
これは、2008年のリーマン・ショック後、サステナビリティが重視されるようになった世の中の変化をいち早くとらえ、マーケティングを精神の領域まで押し上げたマーケティング哲学と言えます。日本では、2011年の東日本大震災の経験もあって、大きな共感を得るようになりました。
ただ、マーケティング3.0は人間性の重視を掲げたもので、この時点ですでに明確になっていたデジタル技術の進歩やインターネットの影響について深く論じてはいませんでした。
その部分を補い、デジタル・テクノロジーがマーケティングに与える影響に着目して書かれたマーケティング論が2016年に発表された『Marketing 4.0』(邦訳『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』、2017年刊)です。「カスタマー・ジャーニー」という言葉に象徴されるように、デジタル時代における顧客行動の変容を捉え、そこに効果的にアプローチする方法を論じています。
新型コロナ、ウクライナ侵攻とマーケティング
2020年から始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、社会も経済も大きな影響を受け、マーケティングの世界でもコロナ禍へどう対応していくかが話題になりました。しかし、もっと長い目で見ると、それ以上に脱マテリアリズムへ、所有からシェアリング・サブスクリプションへなどといった流れのほうが、より根本的な潮流と言えるでしょう。
私たちは、こうした流れを「リキッド消費」という言葉で呼んでいます。デジタル化に伴って、私たちの価値観や意識は大きく変化しており、それが新しい消費行動となって表れているのです。マーケティング4.0や5.0の背景にある、こうした大きな潮流を見逃してはいけません。
コロナウイルス感染症は、3つの密を制限しました。そうした中、大きく成長したものの一つにロボットがあります。店舗で用いられる掃除ロボットや配膳ロボットなどです。配膳ロボットが導入されると、人による料理の配膳作業が減り、人員を削減できます。しかし、新しい顧客価値が生まれました。ロボットに配膳を任せることで浮いた時間を用いて、担当者は顧客に対するきめ細かい配慮ができるようになったのです。まさに、拡張マーケティングが注目する人間とマシンとの共生です。
フィリップ・コトラー/ヘルマワン・カルタジャヤ/イワン・セティアワン 著、恩藏直人 監訳者、藤井清美 訳者
定価2750円
(朝日新聞出版)
2022年にはロシアがウクライナ侵攻を強行し、カントリーリスクの問題がクローズアップされました。日本がロシアへの制裁に参加したことで、ロシアに進出した企業は現地の資産を没収される可能性が高くなっています。サプライチェーンの寸断についても、新型コロナの世界的流行やロシアのウクライナ侵攻によって、まさに現実の問題として多くの企業が直面することになりました。そうした中、賢明な企業はアジャイルで予測に基づいた対応をしています。
マーケティング3.0、マーケティング4.0、そしてマーケティング5.0を知る前の私たちであれば、近年のコロナウイルス感染症やウクライナ侵攻を単にビジネス課題としてのみ捉えていたかもしれません。しかし、人間中心でカスタマー・ジャーニーを意識し、テクノロジーの可能性を理解したマーケティングから見ると、もっと深い社会課題として考えることができそうです。マーケティングの進化は、過去を否定するのではなく、過去のステップに上乗せされていくのです。